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ルーティーン



2005年1月




2005年1月31日 (月) 長引く風邪
晴史郎の風邪は週末に一旦回復の兆しを見せたものの、今朝になってまた微熱が出て咳も重いので、妻は会社を休む事にした。午後、仕事を終えて帰宅すると、晴史郎はまだぐったりしており、熱も38℃を越えていた。たっぷり水分とって、ぐっすり眠ってくれるといいのだが、少し眠るとまた起きてしまう。そんな繰り返しの末、少しずつ元気が出て来たのが夕方頃。元気はあるが、食欲は落ちている。微熱もまだある。

今日は金沢のお義母さんの誕生日だ。驚く事に、金沢からこちらまで来てくれる事になった。晴史郎の看病もかねて。オレは急いで誕生日ケーキを買いに出た。

午後10時、遠方よりお義母さん来宅。ベトナム旅行のお土産を持参してくれた。

今日は織部亭での新年会の日だったが、明日朝から仕事を抱えている事でやむなく欠席。

2005年1月30日 (日) I'd like to say to you with voiceless below even if it seems I've felt bad.
Everything what I've wanted the world to be. That has been now coming true personally.
The reason is clear because you've been here. You're always the nearest thing to heaven that I've seen.

2005年1月29日 (土) 世界に名だたるボーカリスト、カーペンターズのカレン・カーペンター。この歌声、そしてリズムを「おかしい」と思うのはオレだけだろうか?
今日、とある事でカーペンターズのCDを楽譜を見ながら聴いた。これまで何度となく、カーペンターズは耳にしたけど、楽譜を見ながらちゃんと聴いたのは初めてのことだった。そして、聴き始めて早々「アレ?」と思った。歌(メインボーカル)が楽譜と違う。だけどこれはまぁよくあること。楽譜というのは所詮「音の高さ長さ」しか表せないのだから。微妙なニュアンスは言葉(表記記号)で、もっと壮大に!とか、ここは草原を歩くように!とか、わかるようなわからんような曖昧で抽象的な言葉を沿えるしかなく、だからクラシックなどの再現芸術では、楽譜に書かれていない作曲者の意図を読みとるとか、そういうことが大事でもあったりする。楽譜というのは、音楽の書き表せる一部の情報しか書かれていない程度のものなのだ。例えばラップのリズムを譜面で正確に書いたら128分音符の嵐みたいになってしまう。楽譜として成立させるため、ある程度読みやすい事を優先して、省略という置き換えをする訳だ。補足しておくが、楽譜表記の限界という事を言いたいのではない。こういうことを言うのはたいがい単なる技術不足者の言い訳、もしくは技術を身につけ過ぎて「本来のメッセージ」が音楽的常識によって追い払われてしまう現象だ。医師が「患者を助けるより、病気を治すことしか考えない」というのに似ている。そして美術評論家や美学者・美術史家が陥る「美術の解釈」という深海に続く洞窟も、同様の事例と言えよう。

そうした楽譜の特性を踏まえても、今日、カレン・カーペンターの歌を楽譜を見ながら聴いたとき「おっかしーな」と思うところがそこかしこにあった。聴いていて歌がおかしいとは思わない。楽譜のミスとかでもない。じゃ、何がおかしいんだろう?不思議なことに、歌を中心に聴くと伴奏が変に聞こえる。伴奏を中心に聴くと歌が変に聞こえる。両方同時に聴くとちゃんとして聞こえる。でも楽譜を見ながらだと、なんかおかしいと感じる。何度か聞き返して、ようやくわかった。

結論から言おう。カレン・カーペンターはとんでもないボーカリストだ。普通、この歌詞でこのメロディならこう歌う、という音楽的なパターンがある。もちろん、多くのアーティストはそのパターンから、いかに抜け出るか、新しいパターンを見つけるかに情熱を燃やすわけだが、おかしな変え方では、誰が聴いてもおかしくなる。カーペンターズの楽曲は、今聴いて斬新ということはなく、定番というかスタンダードと言っていい。だからメロディもリズムも、譜面で見てそれほど奇妙なことはない。だけどそこにカレン・カーペンターは、不思議な「ゆらぎ」を与えて歌っているのだ。普通ここでこういう事するかよってところで、非常に不思議なことをする。言葉を換えると、ふつう出来ないよそんなこと、という事をやっているのだ。しかし、見方を換えると、事は、あまりに単純とも言える。それは、この歌詞を「喋る」とするとそういう風になると思えるのだ。そう、カレン・カーペンターの凄さはごく自然な英語のブレンギング(2語がくっついたりした時のイントネーション、リエゾンとも言う)が、あまりに会話系として自然なのだ。

一般的な話として、音楽的意味でのリズムを意識したら、無意識にメトロノーム的なリズムになる。カレン・カーペンターはきっちりと、音楽的なリズムに乗りながら、しかし同時に、言葉の自然なイントネーションを守ってる。だから、それを正確に譜面にしたとしたら、非常に複雑になる箇所があり楽譜になりえない。音程も微妙に揺らいでたり、この拍でそんな崩しをしたら、ミストーンに思えるはずなのに、そうはならない。ふつう、揺らぎを意識した場合、ミストーンにしか感じない部分が発生してしまう。でもそれがそうならないのは、ボーカルのズレをメロディーの変化やアレンジでカバー(サポート)しているからである。アレンジャーの醍醐味はそこにある。いずれにせよ、カーペンターズの曲があのように馴染むのは、思うにリチャードのカレンに対する愛情のなせる技なのではないだろうか。互いの愛情が技術と感性とを織り合わせて美しく変容させているから、楽譜的なズレをかえって美しいものにしてしまうのだろう。カーペンターズの音楽がいつ聞いても古さを越えて心にしみてくるのは、そういう理由からだと思う。

2005年1月28日 (金) オオタ君とセイシロウ
今日も昨日に続き、保育園を休ませた。昨日の熱も下がり元気も出て来たので大丈夫かと思った矢先、朝食を吐いてしまい、それによって、行かせようか休ませようかという迷いは消えた。午前中家で静かに遊び、お昼寝をした後、元気が出た事と天気がよくなって来た事もあって、近所の「とんがり公園」へおやつを持って遊びに出た。ちょっとしたピクニック気分だ。じっくり2時間ほど走り回って遊んだ。晴史郎はずっと上機嫌で、ニコニコだった。
夕方、オオタ君を家に招待し、軽い酒盛りとなった。先々週、津まで乗せていってくれたお礼をかねてのおもてなし。晴史郎はオオタ君が大好きだ。そしてオオタ君も、晴史郎に枝豆を口一杯に入れられてもニコニコして陽気に接してくれた。
オオタ君と話していると、いつもながら心が透明になってくる。その吸引力で、いつの間にかいろいろな事を素直に話せるのだ。気取らず、焦らず、無理せず、、、そういった彼の様な純粋な人は、もっともっと幸せになるべきだと思うし、その資格を彼は持っている。

2005年1月27日 (木) GarageBand JamPack 4 購入せり
普段「GarageBand」というAppleのソフトを使って曲を作るのだが、デフォルト・ループがテクノ系もしくはハウス系に偏っているため、今まで JamPack1を購入して拡張させて使用してきた。それでもどうしても限界はあり、致し方なく本格的な打ち込み(鍵盤キーボード)を始める様になったら、タイミングよろしく JamPack 4 が発売された。これはオーケストラベースのもので、オレにはかなり使えそうだ。(さっそくAppleストアで購入) 気になるのがサウンドピッチやアタックピッチ。たとえばバイオリンなどを鳴らすとよく分かるのだが、一瞬遅れて音が立ち上がったうえに弓使いのブラーがかからないと、どうしてもバイオリンには聞こえない。電子ピアノのバイオリンの音が大抵貧弱なのは、音周波のみをコピーするからである。一時期騒がれた「1/fゆらぎ」は人間が無意識に作り出す微妙なズレによって発生する。そうしたものが上手くミックスオーバーされて、その曲がたとえ打ち込みであっても豊かになりえるのである。

2005年1月26日 (水) アレルギーな人と、風邪をひろってきた人
健常である事の定義って何だろう。
血が出てるとか、手が無いとか、器具を使っているとか、
外から判別できるものは容易に分かった気になっているだけで、実は、
頭が痛いとか、精神的ストレスが溜まっているとか、多重人格とか、
特に異常が見えない場合でも、
何かに躓いている訳で、、、
結局は、架空の想定でしかない健常を求めるのは、
不能者の自慰行為。

何かを抱えながらも、
朝がくるまで静かに眠り続ける。

2005年1月25日 (火) 浜口雄幸は、凶弾に倒れた後、傷の癒えぬ体で国会に出向き、軍縮がいかに重要かを1時間以上にわたって説くという、命がけの誠意と熱意に溢れた人物であった
国会衆議院本会議場代表質問の中継で、元NHK解説委員の小宮山洋子議員(民主党)の質問を見ることができた。メディアにいた人物(アナウンサーとして入社)だけあって声の通りもよく見栄えが良い。彼女はNHK時代から女性の立場の擁護および福祉関連担当だったが、代表質問でも問題点をしっかり押さえた明瞭な内容であり好感が持てるものであった。しかし残念な事に、首相の答弁は終始「関係各省と内容を慎重に検討し、、、云々」というもので、なにひとつ明確なビジョンは語られなかった。挙げ句の果てには、小宮山議員の再質問で「明確なビジョンを」という再請求に対して「委員会での質問と本会議場での質問は、当然答弁の仕方が異なる。議員たるものその辺をわきまえて欲しい」などと誠意の全く感じられないハグラカシのまま終了した。それは腹立たしいほどの無責任さ、および、自己決断力の欠如に対する反省すら見られない由々しき態度だ。
その態度に対する民主党の抗議として、次の質問者(民主党野田佳彦議員)は質問開始をボイコットという行為に打って出た。その後、野田議員の質問は始まるのだが、その間中断時間はほぼ15分。本会議場は騒然となったままで、議長の周りに野党調整議員が集まり、対策を講じようとする映像が続くのみである。問題はこの事態に対する報道側の姿勢である。国会中継をするNHKは、何があってこのような事態になっているのか、いっさい何の解説もしないのである。棒読みの様に「民主党小宮山議員の質問に対して、総理が答弁を終えたところです」と繰り返すのみ。それでは何があったのか分からない。議場紛糾の前からあらかじめ見ていた視聴者は理解できるが、その場面から見始めた視聴者にとっては、いったい何が起きているのか理解できようはずがない。手がかりすら与えない。公共の電波を用いて中継している以上、プログラム内における異変に対して解説義務はあるのではないのか。NHKが状況解説を徹底的に拒否する事によって、はからずも、昨今問題となっているNHKと自民党との癒着が露呈される結果となった。抗議の意味内容は誰の目にも明らかだ。しかしそれを解説する事で「首相ないし自民党を不利な状況に誘導しかねない」事への懸念が、紛糾場面無解説放送を生み出している訳だ。政治的中立の立場を保持するために無解説だったと返答されようとも、それ以前に、受信料を支払っている視聴者に対しての報道義務として、状況説明をする事が優先されてしかるべきなのではないか。
非常に不愉快になるも、事態収拾後の野田議員の質問構成の面白さにオレの暗天は払拭された。そして民主党の政策(マニフェスト)も再度国民に理解される機会を設けてもいいのではと思えた。自民党、民主党という枠組みでモノ申しているのではなく、この国の将来を真剣に考えるのであれば、百歩譲っても、まずは私腹を肥やす事を一切捨てるくらいの度量があってしかるべきで、それを持った議員が自民党にあまりに少ないのだ。少なくとも政権交代されれば、癒着構造は一度は瞬間的に払拭されるだろう。その時に発生する余剰金の額を新政権が公開する勇気を持ち合わせておれば、一気に片付く国民問題もいっぱいあるはずだ。現政権政党は根本から腐り切っておるのだから、回復のためには、一刻も早く「ウミ」を出すのが最良の手段だ。怪我したら消毒が最重要だということくらい、小学生でも知っておる。

2005年1月24日 (月) 仮説:アートとは、過去になにかと交換してしまった「失われた楽園」を取り戻すための装置である。
人間が言語を獲得するという事は、社会環境に馴染んでいくひとつの過程であり、それが生得的基盤に基づくと発達心理学では見られている。ピアジェは、言語習得とは人間の認知発達の部分要素だと言い、ブルーナーは、人間には言語習得のシステムが元来備わっていると主張する。そういった先天性の是非はともかく、養育者(多くの場合は親)の環境設定によって、成長段階に変化が見られる事は明白だ。オレは常々、幼児が言語を獲得するというのは、実はとても悲しい行為で、発達段階における屈曲ないし分離する正自我を排除して、養育者の望む形式への変容を意識下で強要させられる行為なのではないだろうかと思う事がある。
今日盛んに取り組まれているヒューマノイド(人間型ロボット)の研究では「強化学習」という方法が取り入れられており、これは、ロボットに試行錯誤させながら、成功報酬と失敗懲罰の信号を随時与えていくことで徐々に学習が進んでいくというシステムであるが、最近の脳の研究では、人間の脳の深淵部に位置する大脳基底核という部位がこれと同様の働きをすることが解明されている。人間が学習しながら成長する事は了解しよう。しかしこの成長学習を「矯正」と見るか「補正」と見るか、ここが大きな分岐点だ。
幼児が言葉にならない主張を繰り返すという学習経験の中で、コミュニケーション手段としてより利便性と効率性の高い「言語」を「ある何か」とスリ変えられているとしたら、養育者の罪は重い。そして、もしかしてその「ある何か」にこそ、生命体として最も重要なものが含まれているとしたら、養育者の誘導判断は困難を極める。言語をすんなり習得するよりも、徹底的に抵抗する方が「ある何か」に対する執着が強いのではないか。もしそうだとしたら、ウチのチビザルは何に執着しているのかを言語外の視点で見極めたく思う。そしてそれが自分の中にまだ存在している事を確認したい。

2005年1月23日 (日) 呑み疲れ
のせいで、さすがにダルい。
こんな日は無理しないで、体力の回復を待つのに限る。
精神衛生上よろしくない発想も、遠くに追いやるに限る。

2005年1月22日 (土) どこへ転がすか、その決定権はオレにあるのではなく、オレ自身をもぶっ飛ばせる場所への志向に従うだけだ。
現在制作中の作品「ヘルメット」を妻に見せる。彼女の予想していたものと違っていたようではあるが、それでもなかなかいい反応だった。ただ現段階ではストレートな誤解への誘導を避けられないので、もうひとつ他の要素を混合させて進行する必要がある。アートという磁場への逃避的な不確定要素でのあびせ倒しではなく、オレの中で現実的に納得いく構造を持ちうる様に組み立て直さなくてはならない。そこのところが最も楽しいステップなのだから。
かつて、オレの作品について書いた井上昇治氏の文章に「単に内面的ファンタジーとして見せるのではなく、作者の世界の実感をリアリティーの根拠にして制作している」という内容の一節がある。そもそもオレにとって作品を作るという事は、世界の見え方の多様性を了解した上で、自己経験によるリアリティーの実感を提示して、その共有性を確認するという要素が主である。それはそのまま自己確認の作業であり、この世界の中での自己存在の根拠につながっているのだ。そのために、自分が生み出した言葉によって自分の方法論を提示する必要があり、表層的で一般的な振舞いの価値観に囚われないよう、自己公理を確認し続けなければならないのだ。自己公理のコンスタンシーこそが、アーティストの価値を具現化するのだ。

2005年1月21日 (金) The Physical Impossibility of Death in the Mind of Someone Living
ダミアンハーストの鮫がアメリカに渡るというニュースが、テートモダンの落胆とともに報じられた。ニューヨークの帝王ガゴーシャンの仲介で、サーチからとあるアメリカ人コレクターに13億円で渡り、最終的にはMOMAに寄贈されて展示室におさまるようだ。YBAの最も記念碑的作品の国外流出を止められなかった要因は以下の2つ。ひとつはサーチの方向転換。YBAからヨーロッパのペインティングにシフトした事。もうひとつはマネーだ。テートモダンの年間運営費をはるかに上回る金額での作品譲渡は、サーチと(いずれはテートモダンにおさまるであろうと目論んでいた)セロータとの友情すら介在させなかった訳だ。
1999年、アムステルダムのステデリック美術館のライブラリで、当時あれほど騒がれていたYBA関連の本がほとんどなく、アメリカのアーティストのものばかり並べられていたのは、世界マップレベルでのアメリカの美術市場の大きさを痛感させられた出来事だったが、桁違いに金持ちのアメリカにとって小指をひねれば、あらゆるモノがサクッと動くという訳か。
そして、今回の取引が象徴するサーチのシフトによって、イギリスにおけるひとつの時代(つまりYBA)の終焉をひしひしと感じずにはいられない。

2005年1月20日 (木) この無節操な行動規範、みんなが言うほど無節操でもないぜ
夕方仕事を終えたヤマちゃんがやって来て、オレの自慢のカレーを食べた後、軽い酒盛りに。
「学問とは、知識を身につける事ではない。知識を身につけて保持しているだけでは、他人の研究に対して泥棒と同じだ。それを実践してこそ、真の学問なり。実践とは、多くの人に会い、何かをなし得る事だ。」
日頃、パブリックドメインだの何だの言っているオレにとって、つよく響く言葉だ。作品を作る事、それを発表する事、それら一連の行動は「誰かに出会うためだ」というのはオレの常の言葉。伝えたい事があるから作るんだし、伝えるために場所を限定するのはおかしい。どこで誰と出会えるか分からないんだから、オファーがあればどんなところにでも行っちゃうよ。それを野蛮だとか幼稚だとか言う連中、そういう狭義世界に住む輩に、オレの生き方カンケーネーよ。オレはオレの信念に基づき、オレの興味と動機によって動いてんだ。

2005年1月19日 (水) パンチドランカー
深夜、うちのチビザルがあまりに泣くものだから電気をつけてみると、顔が驚くほど腫れ上がってノックアウトされたボクサーの様になっとるじゃんかぁ。ぎゃー!何が起きただ???びっくらこいて、緊急医療情報センターに電話して見てくれるところを検索、安城一大きい厚生病院に駆けつけた。容態変化の原因は突発性の強いアレルギー反応、いわゆる「じんましん」だった。夕食後のデザートにしたイチゴムースのメレンゲ(卵白)が原因だ。すっかり油断して卵アレルギーの君に喰わせたトーチャンたちの責任ダス。ごめんちょ。
それとは別に、ゲせぬ話がある。大病院特有のシステムらしいが、ベッド数が200床以上あるところは、初診料・診察料とは別に代金が掛かるという事。¥2,000も取られたぞ(これが高いか安いかは別として)。なんなんじゃ、そりゃ?大きい病院というだけで、なんでより高くなる訳?しかもその料金設定は各病院によって様々だとか、、、。急を要していたので「納得いかん!帰る」という訳にもいかず支払ったが、なんなんだ?そのシステム。
ということで、後日電話で聞いてみた。そしてネットでも調べてみた。それは「初診時特定療養費」というもので、簡単に言うと、高度な先進医療を行なう大病院に限って、厚生労働省が初診患者(紹介状がある場合はこれに該当しない)に別料金を請求することを認めているというものだ。しかし、厚生労働省の条文の中に下記の様な徴収に対しての補足を見つけたぞ。「緊急その他やむを得ない事情により、他の保険医療機関からの紹介によらず来院した場合にあっては、この限りでない」と。専門家に正確な解釈を聞いてみないと分からないが、一般的にシロウト的に考えると、緊急患者からの徴収は慎重に、という事なんじゃないの?「制度ですから!」と一方的に押し付けられても、診て欲しくて来院しているんだから「それならやめます」って人いないでしょ。患者って、特に緊急時であればあるほど、医者と比してまだまだ弱い立場なんだよね。
朝には、ノックアウトされた事も忘れてはしゃぎ回るチビザル君。でも顔は少し腫れてる。保育園に連れて行ったものの、先生たちが「幼児虐待か?」と疑って見ることはやむなし。いま多いからねって、おいおい、オレやってないよ〜。

2005年1月18日 (火) 例えば、火星に行くのにロケットを持ってる奴はそれに乗っていくだろうが、それがない時、どうやって火星に行くかを考えてニヒヒと笑う事、それのどこが悪いか!
現代アートが新しいもの探しの場の様に言われて久しいが、実は、新しいものとは観る人にとって新しいだけなのであって、作り出す側にとっては特に「新しいものを生み出そう」という目的で制作してる訳じゃないのだ。世の中には新しいものを生み出す事のみに意義を感じて躍起になっておられる輩も確かにいるが、そういうところから生まれるものは方法・手法が目新しいだけで実はリアリティーの乖離した表象的な思いつきアートに過ぎない事は、定点観測すれば一目瞭然である。
新しいタイプの作家が出てくるというのは、そのアーティスト自身が新しいタイプなのであって、手法だけ奇をてらっても継続性は保てない。要は、新しい古いって事なんぞどうでもよくて、ひとりのアーティストのリアリティーがどのような形で一般におけるリアリティーと合致するかがアーティストの価値を決定するのだ。そしてそのリアリティーとは、個人(制作者も鑑賞者も)の中に幾重にも重なった経験のレイヤーに格納されており、あらゆる階層にあらゆる種類のリアリティーは存在する。絵画が好きな人にとってのリアリティー、食に興味のある人にとってのリアリティー、健康についてのリアリティー、マネーのリアリティー、恋愛のリアリティー、、、etc。それらの混色によって、ひとりの人間の多面性が集約された形でのパーソナリティーとなる。
オレが思うアーティストとは、自分の中の「最も重要な事」に全関心が向き、あらゆる事象をそこに連結させ、そこに集中し続けられる人のことを言うのであって、何かを生み出す行為(制作)とは、その結果としての行為であり出来事であり仕草だ。(副産物とまでは言わないが)

だから「新しいものを生み出して、世の中に名前を残す」てなイヴェンター的な事を真面目に企てている君!不毛で無謀で無駄な努力はやめて、まずは自分の足下を直視して自分の特殊性を確認すべきだ。少なくとも君には十分すぎる特殊性は備わっているのだから。

2005年1月17日 (月) 例えば、九州に行くのに飛行機代がある奴は飛行機で行くだろうが、それがない奴は迷わず車に乗る、それもなければ自転車にでも乗る、それのどこが悪いか!
「せいちゃんの便に粘膜状のものが、、、」と青い顔で保育士に言われ、保育園のお迎えの帰りにわたべクリニックにまたまた出向いた。「ま、そんなに気にするこたぁねぇぞ、(口は悪いが信頼できるお医者である)、ま、しばらくきちんと様子見たるだな」と言われ安心するも束の間、帰宅の途端にオレの胃腸風邪が疼き出したわい。昼間結構小康状態になってすっかり油断しとっただけに、このやろう奇襲再攻撃かよ〜!と声にならないうめき声。しかし子守りパパには安静の猶予などあるはずもなく、妻の帰宅までヒーヒーフーとラマーズもどきで凌ぐ。
妻はつい最近まで自分も同じ症状だった事から、痛みの具合がよく分かるようで、とても優しくしてくれて、、、腹を押さえながらも、ちと心地よし。ニヒヒ。

晩ご飯後、腹痛が少しおさまり、ここ4日ほどつながらなかった人物とようやく電話連絡が取れた。おっと気がつきゃ3時間の長電話だもんね。仲がいいのか何なんだか?腕板員助戸。

2005年1月16日 (日) レベッカの訪問
レベッカが新安城に到着したのは、予定時刻を30分ほど過ぎた12時30分。妻の料理支度がちょうど上がり、絶妙のタイミングなのだ。ベジー(最近どうやら魚を解禁したらしい?)に合わせて、サーモンのウラ巻き寿司、ポテトサラダ、チーズの揚げ春巻き、etc。
彼女の新パートナー「トモヒロさん」は飄々とした風格の人物で、ブルースハーモニカの達人だという事だ。さっそく皆で乾杯し、いつも変わらないレベッカとの弾んだトークで盛り上がった。(彼女の英語は相変わらず早口で聞き取りにくい、、、)
話が美術の事に進むと、彼女がオレの作品を買いたいと言い出したので、妥当案として、彼女の絵と交換することにした。彼女が描くのはオレの家族の絵。どんな絵になるかとても楽しみだ。レベッカは近々新宮で個展を開くそうで、ずいぶん張り切っていた。また彼女は「せっかくの機会、エジンバラに行くべきだ」と強く進言した。行ってみたいなヨソの国、、、って思ってるんじゃなく、動き出してみようかなって気になった。杉山くんも夏はカナダだしね。
レベッカたちが帰った途端、強烈な腹痛に襲われ、下痢と吐き気に苛まされる事に。先週から今週にかけて晴史郎と妻を激しく襲った胃腸風邪が4日ほどの潜伏期間を経てついにオレの前に立ちはだかった。どんな薬も効きそうになく、ただただ身体を屈めて嵐の通過を待つしかない。ほとほと泣きである。

※ベジー:ベジタリアンの略称

2005年1月15日 (土) 展覧会はしご
午前10時、我が家に来てくれたオオタ君とコーヒーを飲んだ後、オオタくんの車で白土舎に向かう。今日が初日の生川さんの展覧会を見るためだ。到着がお昼前という事もあり、まだ人の少ない画廊でじっくり作品を見る事ができた。彼女の絵はいわゆるシュガリー絵画であるが、骨のないタイプの絵ではない。ビジュアル以外の立脚点をしっかりと持っているのだろう。今回一段とシットリ感が増したのも、そう思えた要因のひとつだと思える。
高速を飛ばして、三重県美術館へ移動。本日我々のメインイベントである吉本作次展のアーティストトークが始まるのは午後2時。その1時間前に到着。美術館にはすでに幹永くんや上瀬さんが到着しており、玄関外で煙草を吸っていると続々と関係者がやって来た。1点1点時間をかけてじっくり作品を見る。あらためて彼の画力に圧倒される。画面に乗せられた色材の、なんと自然な定着ぶりであることよ。そして、描かれている対象のメタフォジカル・リアリティーと、伝統的技法を意識した上での表現手段のユニークさを支える、他の作家に類を見ない強靭な意思力を見て取る事ができる。特に、今回の巨大な新作「朋有り遠方より来る」と「天使の独酌」には、目を奪われるような透明感のあるうねりを感じることができた。そして待望のアーティストトークは、まさに吉本節のコンデンス版だった。内容の濃いそして分かりやすいものだったため、息つく間もなく40分が染込んだ。何よりオレの興味を引いたのは2点。まず1点目が、80年代当時彼がどのような状態で絵を描き、その後どのような曲折の末現在に至ったかという精神の揺らぎと葛藤を赤裸々に語ったこと。もう1点が、日本画を例にした”絵画の死に体"に至る過程をどのように克服するかというチャレンジについての技法論・方法論についてだった。ほとんどの観衆は、決しておちゃらけたりしない彼の説明態度から、彼の画業に対する真摯な姿勢を読み取る事ができたであろう。
トークの後、美術館主催の Tea Party があり、集まった友だちと小1時間ほど歓談。そしてオオタくんの運転で名古屋に戻った。もうすっかり陽が沈んだ午後6時過ぎ、覚王山のギャラリーに到着。友人の杉山健司展オープニングパーティーに出席。毎回大掛かりなインスタレーションを展開する彼だが、今回の作品は「Viewer」というテーマで、鑑賞者(作品)を鑑賞者(実体の鑑賞者)に見せらがら、その構造自体をも作品として取り込むというトリッキーなものだ。彼の実経験に基づくリアリティーが強く感じられる深い思索に裏打ちされた展開だった。確実に自分のフィールドを固めているなぁという印象を受けた。パーティーでは偶然にも倉知氏と再会でき、楽しい時間を過ごす事ができた。
一年でもこれほど濃い日はそうそうあるまい、とオオタくんと笑いながら、少々疲れた身体にも心地よい微刺激を楽しみつつ帰宅した。

2005年1月14日 (金) ストロベリーフィールズは、永遠じゃなかった
ビートルズの歌で有名になった孤児院「ストロベリー・フィールド」が、2007年に閉鎖される事になった。ストロベリー・フィールドと言えば、リバプールの「ビートルズ・ツアー」に組まれる観光名所。幼いジョンが両親と離れておばの家に預けられて暮らしていた頃、よく遊んだと言われる場所。そういう名所をなくすというのは、オレの持つイギリス人基準から見て意外だ。

ロンドンの有名な美術館「テート・ギャラリー(今は現代美術の別館と区分するため「テート・ブリテン」という名称になっている)」の西側外壁には、第2次大戦当時ナチスドイツ軍の空襲で受けた砲弾の傷が今でも残っている。かつて滞在時に、警備員に「なぜあれは修復しないんだ?」と愚問を投げた事がある。答えは聞くまでもなく、歴史遺産の継承+未来への警鐘だろうと推測した。あからさまな歴史教科書的発想で残すのではなく、さりげなく自然な状態で残してある事が面白いと思ったし、こういう事こそがリアリティーだと思った。

ストロベリー・フィールドの管理者は「こういう施設で暮らすよりも、今の時代性から見て、家庭で暮らしたりこぢんまりとしたグループホームで暮らす方がいい」という声明を発表した。その辺りの社会性に関して言葉はないが、多くの人が訪れる名所を建造物ごと取り壊すのだろうか。施設には孤児院という本来的な目的があったわけで、観光の観点から残すという事は、そこを巣立った人々に対するデリカシーに抵触するのかも知れない。だったら、孤児院として機能している時から観光化される事に対して異議申し立てしていただろうが、そういう話は聞いた事がない。

いずれにせよ、なくす理由と、存続させる理由とを比較した場合、二次的な理由(ここでは観光)を優先しないところが単純明快でイギリスっぽい気がする。テートの警備員が実際に言った「修復しなくちゃいけない理由がないからだろ!」という言葉は、イギリス人の本質がうまく表されている。

2005年1月13日 (木) めでたし、めでたし、
M大今年度最後の授業を終えると、学生が数人集まって来て、ちょっとした座談会になった。この授業で見た作品を結構あちこちで見かけるって話や、紹介された美術館に行ってみたとか、作品にインスパイアされてこんな事考えてみた、といった話だ。そんなリアクションをくれるなんて、教師冥利、講師の本懐です。サンキュ! 意外だったのが、この授業は終わった後グッタリするほど疲れるという意見。は〜ん、暗い中で眠気をこらえてスクリーンを見ているからだなと思いきや、話されるあらゆる事をガンガンメモするために必死で集中するのでそれで授業終わるとグッタリだと。おいおい、泣かせてくれるじゃねえかよ。そんでもって、来年度も先生の授業受けられないんですか?と来たもんだ。きゃー!

こういうのを、自画自賛馬鹿っていうんだろうね。ちゃんちゃん。

2005年1月12日 (水) SM
この内容は、削除されました。

2005年1月11日 (火) ぐったり晴史郎
ぐったりして元気のない晴史郎を、保育園後、わたべクリニックに連れて行く。嘔吐止め、下痢止め、頓服などいろいろもらったが、急を要するもの以外は使いたくない。せっかく少しハナがおさまってきたのだが、しばらくは耳鼻科の薬は中止だ。まずは風邪を治す事が先決。普段とても手のかかるワンパク小僧がこんなにもぐったりしていると、ますますもって不憫でならない。手のかからない子はこれくらいおとなしいのかも、と想像してみるも、やんちゃな晴史郎の方がオレは絶対いい。早く戻って来てくれ。

スマトラ沖地震の援助物資で一番不足しているのが、哺乳瓶と子供服だそうだ。我が家にあるものを近いうちに送ろうと思う。委託事務局は知立市「福祉の里」にあるとの事。明日にでも問い合わせしてみよう。

ガイアの夜明けは「築地魚河岸冬の陣」と題して、仲卸の悪戦苦闘ぶりを紹介していた。その中で築地とばし(築地を通さず、産地購入で中間マージンをカットする)勢力の代表格として取り上げられていたのが「かっぱ寿司」。驚いたのが全国最大の回転寿司チェーンだということ。妻は「日本人の寿司ネタの厚さの基準が、かっぱ寿司のそれになったら悲しい」と訴えていた。世界最大の魚市場・築地の既成制度はコストカットの現代流通に確かにマッチしていない。しかし、格別を見極める信用度という点で、今までとは違う形での存続の意義については「アリ」なのではと考えさせられた。

2005年1月10日 (月) 成人の日
妻は仕事に。晴史郎は保育園が休みのため家で療養。下痢と嘔吐。元気があるのが救いだ。
DVDを返しに行き、セルフスタンドで灯油買い洗車。急いで帰宅してオムツ替え。しばらく乗っていなかったタウンエースの調子を診る事もかね、YAMADAに向かうが途中晴史郎が眠ってしまいUターン。家に着くとすぐ目を覚まし、しばらく遊んだ後、お昼ごはん支度。食後の昼寝は1時間ほど。その後は家の中で遊んで過ごした。

2005年1月9日 (日) 健康について
医者である義父に、血液検査値から推測される肝機能傷害の状態を教えてもらった。オレの場合は、アルコール性特有の肝機能障害ではなく、いわゆる脂肪肝だとのことである。特に脂っこいものを好んで食べている訳ではない(好きだけど)となると、飲酒および糖分の摂取過多と運動不足が考えられる要因なのだそうだ。
それと意外なのが、コレステロール値の低さである。卵好きなオレは、多い時で一日3個も4個も卵を食べる。当然周りは「コレステロールの摂り過ぎじゃない?」と警告していたが、実はアルコールにはコレステロール値を下げる働きがあるらしく、そのため総コレステロール値が低くなっている訳だ。つまり、コレステロール値を下げ、その代わりに肝臓に脂肪が溜まる程度には飲酒しているという事である。脂肪肝の状態は、超音波検査(いわゆるエコー)ですぐに判別できるそうで、近いうちにエコーを撮りに行ってこようと思う。
いまだに信じられないのが、レントゲン写真のきれいなオレの肺の画像だ。いくらタール値が低いタバコを吸っているとはいえ、もう年季の入った喫煙肺だ。もっと悲しい状態かとばかり思っていた。もしかしてオレじゃない人の写真と取り違えてない?
いずれにせよ、すぐにでも入院、気がついた時には末期症状って推測(根拠はないが)をいつも立てていただけに、そして、それによる生命保険や医療保険を真剣に考えていただけに、まだ大丈夫じゃ!と気が緩んでしまいそうだ。(いままで気を引き締めていた訳ではないけど)
ま、一番安くて簡素な方法は、日々の健康管理をちゃんとする事なんだよな。
暴飲暴食や睡眠不足の回避、適度な運動、、、。
う〜ん、セルフマネージきちんとしなきゃな、と強く思う今日であった。

2005年1月8日 (土) 嘔吐2
昨夜からの晴史郎の嘔吐は朝になってもおさまらず、朝食後も食べたものを軽く吐いてしまった。
小児科へ風邪の治療で行くべきか、この3ヶ月の病の元凶である鼻を治しに耳鼻科に行くべきか妻と検討し、「風邪でもまず耳鼻科に」というある人のアドバイスに従い、マルちゃんに紹介してもらった岡崎の耳鼻科に行く事にした。車で約30分かかるその耳鼻科は、土曜の診療が午前のみという事もあって、待合室は多くの子供と大人で溢れかえっていた。待つこと約1時間強、ようやく診察してもらえた。今までのいろいろな経過や過去の投薬などを説明し、じっくり相談にのってもらえた。しかし最後に「小さい子供の治療はどこでも同じ様な事しかできないので、近所のところに通われた方が楽なんじゃないですか?」と耳鼻科医は付け加えた。確かに。でも、今まで通っていた耳鼻科はもう行かせたくない。
1週間分の飲み薬と点鼻薬をもらった。
帰宅後、晴史郎は少し眠ったが、やはりぐっすりとは眠れず愚図りながら目を覚ました。微熱が出始めていた。スーさんからお誘いを受けるも、今日ばかりはどうにも無理だ。夕食後も嘔吐し、せっかく飲んだ薬も吐き出してしまった。かなり愚図りがひどくなり、熱を計ると38.5℃。薄着にさせて、部屋を暗くして落ち着かせる。妻の腕にしがみついて離れず、少しでも離すと大騒ぎだ。そして雪国の子かと疑うくらい頬っぺは真赤っかだ。熱があっても元気だけが取り柄の晴史郎にしては恐いほどグッタリしている。妻が抱えたまま寝かしつけると、すぐに眠りに落ちていった。金沢のお義母さんも心配して電話をかけて来てくれた。お義母さんの個展開催のお祝いメールに、少しだけ晴史郎の具合が悪い事を書いたために、かえって心配をかけてしまった。
点鼻薬が効いて、眠っているとき鼻は通っているようだ。かなり寝やすくなった事だろう。明日の朝、いつものあのやんちゃな晴史郎に戻っていてくれます様に、、、。

2005年1月7日 (金) 嘔吐1
夕方保育園に迎えにいくと、晴史郎が泣いており、先生たちがバタバタしていた。いま吐いてしまったんです、と教えられる。抱きかかえるとすぐに元気にはなるのだが、時々嗚咽を発している。午後から2度ほど嘔吐したと保育士に伝えられていたので、夕食は消化の良いうどんを与えた。そして我々は、先日買った牛肉をしゃぶしゃぶにして食べた。
帰ってからずっと元気にしている晴史郎を見て「もう大丈夫だろう」と思っていた矢先、突如激しく嘔吐し、食べたものをほとんど吐き出してしまった。しばらくは大泣きだが、吐くと少し楽になるのか、またすぐに元気が戻ってくる。風呂を出てからしばらくしていると、咳き込んだ拍子にまた激しい嘔吐が彼を襲った。ちょっと笑っていられない事態になって来た。水分をたくさん摂らせ、ゆっくり休ませる。

深夜、借りて来たDVD「運動靴と赤い金魚」を見る。イランの映画だ。とても芝居の愛らしい子役の主人公もその妹も、監督の指示で本当に極貧街から選んだそうだ。イタリア映画「自転車泥棒」を彷彿とさせる部分もあり、物悲しく、しかしそれでいてこの映画は元気や勇気の湧いてくる温かさが全編に満ちあふれていた。

2005年1月6日 (木) 健康診断結果
先月健康診断を受けた事を忘れていた訳ではないが、3週間遅れで病院に検査結果を聞きに行く。というのも、昨夜病院から我が家に電話があり「肝機能に問題が、、、」とわざわざ直々に連絡して来たからだ。もしかしてかなり深刻な状態か?とビビりながら結果を聞きに行くと「軽度の肝機能障害」だということだった。しかもC型肝炎などのウイルス性ではないようだ。軽度という事でひとまず安心。ま、原因はアルコールだろう。飲む頻度よりも二日酔いになるほど飲んでしまう事に原因があると自分で分かっている。これからはもっと上手に飲む様にせねば。とりあえず3ヶ月生活習慣を改め、体調が明白に戻ったと思えた頃、再度精密検査を受けてみようと思う。少なくともここ数日の生活は、精密検査を受けるに値するものではないからな。
明るいニュースは、肝機能以外の不安要素、胃がん、肺がん、前立腺がん、大腸がんなどの兆候は全く見られず、健康だと言うこと。晴史郎のためにも長生きを!と思い始めていただけに、ボロボロな内側という悲しい事態は免れ、安心。特に肺がきれいだという事、胃の皺にも異常がなく状態良好だという事、この二点は自分で不安があっただけに、とても元気が出る結果だった。
病院を出た後、なぜか無性にアジの干物が食べたくなり、スーパーで買物をして帰る。さっそくアジを焼き、みそ汁をこしらえ、アジの干物定食1人前を作る。今日ほどピンポイントでこれを食べたいと思ったのは初めてかも知れない。健康状態の事を考えていた時だけに、自分の身体の欲しているものに忠実に集中できたのかも知れない。肉でもなく、揚げ物でもなく、今日はアジの干物だったのだ。

2005年1月5日 (水) セルフプロデュース
HALとアイコが遊びに来た。
本当に久しぶりに会う、愉快な若者たちだ。HALのテキトーさ加減とアイコの生きる視点の上品さがなんともミスマッチで笑えたが、実際は二人ともすこぶる真面目で、決して何かをはぐらかしたりしている訳ではない。彼らに上手く持ち上げられ陽気にさせてもらった事もあり、ギャンギャン喋りまくり、気がついたら声が枯れていた。途中、山本がエレナを連れて合流。酔って訳が分からなくなりながら、エレナと「世界はどうなってる?」という話題で盛り上がる。オレの奇妙なコンクルージョンにエレナは呆れて大爆笑。そこまで笑うか?
近いうちにHALと何か面白い事をしようと構想中。何ができるかは分からないが、二人で組むことによって起きる化学反応でカウンターを繰り出してみたい。ちょくちょくミーティングが必要だな。まずはウエブサイトを立ち上げ、そこで公開してみるか。単なる「作品」公開でなく、エリアを斬る様な事を。そう、枠の外から。

2005年1月4日 (火) 今日の中国のアート市場を、かつての日本の絵画バブルと重ねる事ができるか?
毎回多くの刺激を与えてくれるお気に入りプログラム、日経スペシャル「ガイアの夜明け」は、今回、中国のモダンアート市場の異様なまでの高騰ぶりを紹介していた。欧米のコレクターや投資家が、考えられない額で中国人の人気画家の大作を買い付けるシーンや、若手の画家の作品を大量に購入するシーンが映されていた。森美術館副館長の南条氏が「欧米のアートの行き過ぎた先鋭化と均質化による、新天地開拓志向」という内容で説明していたが、それだけで今日の中国モダン絵画の異様な高騰ぶりを証明するには無理があろう。なにより、番組制作スタッフは、欧米投資家の投資ターゲットの背後までは到底示さず、それどころか、東京画廊を例に出し「日本もかつてバブル期に高騰と暴落によってアーティストがダメになった」などと責任回避の発言を番組の〆に持ってくる始末。中国のアート状況を紹介する根本視点が間違っているのだ。注意深く見るまでもなく、中国アートの狂気の盛況とかつての日本のアートバブルとの差異は火を見るより明らかだ。最も異なるのは、あのバブル期に、日本の円を使って、どれだけの日本人画商が日本人アーティストの絵を世界に売り出したか?日本の円を使って、西欧の有名画家の三流絵画をダマされる様に買い漁っただけではなかったか?そういう西洋至上主義をいつまでたっても払拭できなかった意識が、まさに田舎成金として西欧に映り、いいように貪られた訳だ。それに比べ、中国は自国が豊かになると同時に、新旧問わず自国の文化も同時に世界に送り出している。それによって、魔法でもなんでもなく、中国アートが世界に広まった。番組で紹介していて目を見張った部分は、若手の中国人アーティストの作品を中国人投資家で買い支えようとする動向がある事。これこそ、日本人に欠落していた部分だ。日本人にとって(もしかして、多分いまだに)何でも西洋のものが一流で素敵なのだ。ロレックス、フェラーリ、シャネル、ドンペリ etc  これらは性能の賛辞を越えてほとんど宗教だ。
日本人が今後、中国人の作品をステータスにする日が来るのか?ノー。それは遠いだろう。その理由は、日本人に染み付いた中国観の作用のみならず、中国人のアートは欧米の偏った価値評価基準で測量した場合に比較的洗練されていない様に映るからだと推測する。しかしそのような西欧絶対主義の枠から脱皮しない事には、自国のアートは西欧模倣の域を出ないだろうし、今後現れる奇妙なニュータイプを無秩序未消化無節操な下痢アートとして厠の端に追いやるだけだ。
いくら中国の絵画が世界のマーケットに溢れようとも、世界の美術市場の中心がかつてパリからニューヨークに移行した様に、中国に移行するとも思えない。西欧の文化的資産家たちは永続的に自国産文化の正当性の固持に夢中だろうし、それのみによって自己正当性を示そうとする保守的なキリスト教的世界観の連中たちだからだ。いつか近い将来、中国がアートで惨敗したとしても、それはマネーの側面だけでなく、本来的に、勝利のフィールドに立つための靴を履いていなかっただけの事だ。そしてその審判団は、すべて西欧の連中なのだから。

2005年1月3日 (月) ワクワク
村上龍の「希望の国のエクソダス」ではないが、”既存の枠組みを無視する”という視点が、一段と顕著にアートの世界(のみならずこの世界の創作要素全体)を席巻していくのだろう。ここで重要なポイントとして押さえておきたいのが、既存の枠組みを「否定する」のでなく、「無視する」という点だ。否定するためには、その枠組みを理解する前提が必要となるのだが、無視するのには、それ以前に発生した枠組体系など気に留める必要もなくなる訳で、一旦それが始動して、やがて加速が始まった時には、その枠組みを作って来た先人(賢人)たちには、理解しがたい混沌が起きる。それは先人には無秩序/無節操としか映らないかもしれない。いやその可能性は濃厚だ。そのとき、かつてそうであったように、卑しいものは「理解しているふり」をしようとするだろうし、貧しいものは簡単に同調して同一性を強調しようとするだろう。そこには何ら現実的な意味は発生しないにもかかわらず、そういった者たちの声こそ大きく聞こえるのが世の一般である。そしてまた、日本人はその性癖として「枠外のものを、実際のボリューム以上に褒めそやす」傾向がある。その心理は、何とかして枠内に押し込もうとする隠された力点と、その内実、枠外異端を全力で排除する事で自己肯定を計ろうとする作用点とのアンビバランスの結晶だと言えよう。
いずれにせよここまで症状が進行してしまった以上、もはや枠の外に向かうのではなく、枠を意識しない様にするのでもなく、自分の行動規範を自己完結させ続ける事こそが重要な公理である。あらゆる意味において、自由になるとは、自己完結性の強度にすべてがかかっているのだ。

2005年1月2日 (日) 初詣
岡崎の伊賀八幡宮へ3人で初詣に。ここはもう10年来、毎年必ず行くところ。こうなってくると、ひとつの願掛けだな。でも今年は伊賀八幡宮とセットで今まで欠かした事のなかった大樹寺には行かなかった。

紙に文字が書かれているだけと言えばそれまでの正月恒例おみくじは、妻が「中吉」オレが「吉」だった。妻の得意げな顔。二つを重ねて木に縛り付けてやった。

「正月じゃ!クッチャーネーじゃ!」の大号令のもと、スーパーで半額に値下がった寿司をたっぷり買い込み、陽のあるうちから妻と酒宴開催。数えてみると年末年始にかこつけて10日ブッ通しで酒漬けだ。肝臓もそろそろ悲鳴をあげだす頃か?
えーい、こうなりゃ、もうヤケクソでい。 ←何故?

2005年1月1日 (土) New Year's Day
2005年が始まった。
今年はオレの前に何が起きるのだろうか?
今年の運命はオレをどこに連れて行ってくれるのだろうか?

   今年の抱負 : 「不惑!」

どういう理由かは聞き逃したが(スマトラ沖の災害に関連しているようだ)、今年のウイーン・フィル・ニューイヤーコンサートでは、アンコール最終楽曲として親しまれている「ラデツキー行進曲」が演奏されなかった。これは異例中の異例だ。